
韓国ドラマ『おつかれさま』。
主人公のふたりは1950年代初めの生まれ。ぼくの兄と同世代で、ちょうど8歳年上です。そしてその娘、主人公の女優さんの二役ですが、1970年代初めの生まれという設定で、今度はぼくより10歳ほど年下。こうした家族を通して、韓国の近現代の歴史――1960年代当時の済州島の生活、70年代の軍事政権、80年代の民主化のうねり、90年代-2000年代のIMF危機から現代まで――を丁寧に重ねながら描いている作品です。
大河ドラマです。「ひとつの家族の人生」と「ひとつの国の歩み」とが交差するようなドラマです。それをぼく自身の人生の時間軸と照らし合わせて観ていました。
日本は1945年に敗戦し、一時は「極貧国」とも言われたはずでしたが、1950年に始まった朝鮮戦争の「特需」によって、経済が一気に復興へと向かっていきました。一方で、その戦争で国土が焦土と化し、家を追われた多くの韓国の人々。ドラマでは、主人公の母親がその戦争によって済州島にたどり着いたという設定でした。
韓国の人が、時に日本の「戦後の繁栄」に対して抱く複雑な感情――それは誤解に基づくものもあるかもしれませんが、そんな感情って完全に否定できるものではない。そう感じたのです。
韓国が「反日」的だとされる一部の言説も、その背景には、そうした歴史の積み重ねや、悔しさや無念さをともなう感情の重なりがあるのではないでしょうか。
そりゃあ悔しいですよね。自分の国が焦土と化した代わりに、日本は高度成長を遂げたのですから。ぼくも体験した90年代末からのアジア危機。でも、韓国はIMFの管理下で大変な状況でした。想像以上、というか、ぼくは想像すらしていませんでした。そして現代の繁栄。

ネットで調べたのですが、ドラマの韓国語タイトルは「폭싹 속았수다(ポクサク ソガッスダ)」というそうです。済州島の方言で「本当におつかれさまでした」を意味するそうですが、韓国の標準語で読むと「すっかり騙された」という意味になるのだとか。このダブルミーニングが、実はこのドラマの本質そのものを言い表している気がします。
主人公の女性の二役を演じた女優IUさんは、インタビューでこう語っていました。
「だまされたような人生だったかもしれない」
けれど、
「それでも歩いてきた自分に、そっと“おつかれさま”と伝えたい」そんな思いが、このタイトルに込められているのだと感じます。
ユーモアと哀しみ、温かさと皮肉――そんな感情が同居する言葉こそが、「폭싹 속았수다」であり、そして「おつかれさま」なのかもしれません。このドラマは、人生を頑張って生きてきたすべての人に、「よくここまで来たね」と、そっと背中をトントンと叩いてくれるような、そんな物語だったと思います。
よくここまでがんばれたよ。
1980年代の中国映画『逆光』(1982)をテレビで観たときのことも思い出します。先日このブログにも書いたのですが、そのとき、ぼくはまだ大学生。日本はすでに高度成長期を終えた後で、これからバブルが始まろうという時代。一方、画面の中の上海の若者たちは、まったく異なる現実を生きていました。
当時20代だった彼らも、今では60代半ばを超えていることでしょう。今の中国の姿は、当時からは想像もできなかったかもしれません。好辛苦...
『おつかれさま』という韓国ドラマは、そんな「人生の歩み」や「過ぎてきた時間」を、ああ、そうだったよなあ、と、思い起こさせてくれる作品でした。
ぼくだって、歳をとるんですよ。