
▶︎ AIによって、これから多くの仕事がなくなる
これまでも、そんな話を何度も聞いてきました。ぼく自身も、研修や講演でAIについて話しています。しかし正直に言えば、どこか抽象的な話でもありました。先日、そのことを初めて、自分の仕事のなかで具体的に実感しました。
中国の動画サイト「Bilibili」に、ぼく自身が日本語で話している動画を投稿したときのことです。ぼくは中国語を話せません。そこで、ChatGPT Plusを使って、日本語の台本作成、中国語への翻訳、字幕作成を行いました。完成した動画をChatGPT Plusにアップロードすると、音声に合わせた中国語字幕をSRT形式のファイルとして作成してくれました。このファイルには、中国語の文章だけでなく、それぞれの字幕を何秒から何秒まで表示するかという情報も入っています。
あとは、Bilibiliの投稿画面で、そのファイルを選ぶだけでした。
中国語で書かれた投稿画面には少し戸惑いましたが、その都度スクリーンショットを見せ、「次はどこを押せばよいですか」と聞きながら進めました。そして、日本語で話すぼくの動画に中国語字幕を付け、中国の動画サイトで公開することができました。

▶︎ 外注しなかったのは、費用のためだけではない
この作業を外注すれば、翻訳や字幕作成の費用がかかります。しかし、それ以上に、目的の説明、見積り、発注、納期調整、初稿確認、修正依頼、再納品といった時間と管理のコストが発生します。しかも、外注先が、ぼくの経験や意図まで十分に理解しているとは限りません。
今回は、それがありませんでした。
「ここを少し変えたい」と思えば、すぐに変えられます。判断と修正の主導権が、すべて自分の手元にあります。そのとき、ぼくは「本当に仕事のあり方が変わる」、と実感したのです。おそい?
もちろん、高度な翻訳や動画制作を行う、本当の専門家の仕事がなくなるわけではありません。しかし、依頼された文章をそのまま翻訳する仕事、決められた文章を字幕ファイルにする仕事、ソフトを操作して体裁を整える仕事は、厳しくなるでしょう。
依頼者自身が、AIと一緒にできるようになったからです。
しかも、自分で行う方が安いだけではありません。速く、意図が正確に反映され、何度でも修正できます。ぼくは、この小さな経験によって、AIが仕事を変えるということを、初めて自分の手触りとして理解し、そして、このような経験こそ、組織にAIを浸透させるための出発点になるのではないかという思いを強くしたのです。
▶︎ 制度やシステムだけでは、AIは浸透しない
AI導入というと、全社方針を決め、利用環境を整え、研修を行い、活用目標を定める、といった大きな話になりがちです。もちろん、情報管理や利用ルールは必要ですが、制度やシステムを整えただけで、AIが仕事のなかに浸透するわけではありません。
「AIを使いましょう」と言われても、多くの人は、何に使えばよいのか分かりません。研修で便利な機能を紹介されても、それが自分の仕事とどう結びつくのか分からなければ、日常業務には定着しません。必要なのは、一人ひとりが、自分の仕事のなかで「これができてしまった」と実感することです。
何時間もかかっていた議事録が短時間でまとまった。書き始められなかった文書のたたき台ができた。海外向けの案内文を作ることができた。複雑な資料の要点を整理できた。
ぼくの場合は、中国語はできないのに、中国語字幕付きの動画を公開できたことでした。このような小さな成功体験は、抽象的な説明より強いものです。
▶︎ 「便利らしい」から「できてしまった」へ
「AIは便利らしい」どころではないのです。「昨日まで自分にはできなかったことが、今日はできた」という実感です。組織のなかで、この実感を持つ人が一人、二人と増えていけば、AIの使い方は周囲にも伝わるでしょう。
AIの浸透は、上から一斉に命じるだけで進むものではありません。現場で生まれた小さな実例が共有され、それを見た別の人が、自分の仕事で試す。その連鎖によって進んでいくのだと思います。だから、組織がAIを導入するときには、最初から大きな成果を求めすぎない方がよいのではないかと思います。
全社的な業務改革や大規模なシステム連携から始めるのではなく、機密情報を使わず、失敗しても業務に大きな影響を与えない仕事から試してみる。文章の要約、構成案の作成、公開情報の整理、外国語による案内文の下書きなど、小さく完結する仕事から始めればよいのです。重要なのは、AIを使った回数や利用者数を増やすことではありません。
その人の仕事が、実際にどのように変わったのか。
何ができるようになったのか。
どこでは役に立たなかったのか。
その具体的な経験を、組織のなかで共有することこそが始まりなのではないか。
成功例だけでなく、失敗例や不便だった点も共有すれば、AIを過大評価せず、現実的な使い方が蓄積されていきます。
AIの導入とは、システムを入れることではありません。一人ひとりの仕事のなかに、「AIと一緒なら、ここまでできる」という経験を増やしていくことです。
ぼくが中国語字幕付きの動画を公開した経験は、大きな組織全体から見れば、ごく小さな出来事と言えるでしょうね。でも、AIが仕事を変えることを理解するには、その小ささが大切なのだと思います。大きな構想を聞くより、自分の目の前の仕事が一つ変わる方が、人は動きます。
組織のなかに、小さな「できちゃった!」を増やす。それが、AIを実装し、現場に浸透させるための、最も現実的な方法の一つではないでしょうか。
©️ 朽木鴻次郎 プロダクション黄朽葉
~~~~~~~~~~~~~
kuchiki-office.hatenablog.com
~~~~~~~~~~~~~