〜学習では遅れず、投資では先走らない〜

▶︎ ほとんどの受講者が手を挙げた
ぼくは企業や自治体を対象に研修講師をしています。先日、ある県で、コンプライアンス系のテーマによる1日対面研修を行いました。参加者は約50人。主に自治体のミドルマネジメント層の皆さんです。そのなかで、生成AIの利用に伴うリスクについて話しました。そして、受講者の皆さんに尋ねてみました。
「業務で生成AIを使っていますか」
すると、ほとんどの方が一斉に手を挙げました。
正直、驚きました。自治体でも生成AIの導入が進んでいることは知っていましたが、これほど多くの職員の方々が、すでに日常業務で使っているとは思っていなかったからです。
念のため、どのような業務に使っているのかを聞きました。すると、要点を入力して業務上の文章を作成させたり、文書を要約させたりしているとのことでした。一部のデジタル担当者が実証実験をしているのではありません。一般の職員が、自分の仕事のなかで生成AIを使い始めていたのです。
▶︎ 自治体向けの「exaBase 生成AI」
研修後、行政における生成AIの導入状況を改めて調べてみました。その受講者が具体的になんというAIを使っているのかは聞きませんでしたが、自治体向けには、「exaBase 生成AI for 自治体」というサービスがあり、自治体専用ネットワークのLGWANから利用できる、自治体向けの生成AIサービスだそうです。入力内容をAIの学習に使わせない、データ処理を国内で完結させる、機密情報の入力を制限する、利用履歴を管理するといったガバナンス機能を備えています。「exaBase」という一つの生成AIが回答するのではありません。自治体職員が、GPT、Gemini、Claudeなど複数の生成AIを、安全性に配慮した共通の環境から利用するためのサービスだそうです。自治体の規程やマニュアルなどを登録し、それらに基づいて回答させることもできると言います。
▶︎ 国が始めた「ガバメントAI源内」
さらに、国では、デジタル庁が政府職員向けの生成AI利用環境「源内」を開発しています。「源内」という名称は、Generative AIを略した「Gen AI」と、江戸時代の発明家である平賀源内を掛けたものだそうです。源内は、政府職員が安全に生成AIを利用するための共通基盤です。デジタル庁は2026年5月から、全府省庁の約18万人を対象とする大規模実証を始めているとのこと。
国での本格的な展開は、まだ始まったばかりです。一方、自治体では、それに先行する形で、文章作成、要約、企画立案、問い合わせ対応などの日常業務に生成AIを活用する動きが進んでいるらしいですね。
行政は民間企業よりも新しい技術の導入に慎重で、動きも遅い。恥ずかしながら、ぼくには、そんな先入観がありました。しかし、少なくとも生成AIについては、その認識を改める必要がありそうです。
▶︎ すべての企業がトップランナーになる必要はない
だからといって、民間企業が焦って、先を争って、最新のAIやAIエージェントを全社導入する必要があるとは思いません。AIの世界では、「いま導入しなければ取り残される」「トップランナーにならなければ生き残れない」という言葉が飛び交っています。それはAIベンダーが売りたいがためのマーケティング戦略です。いわば宣伝文句。テレビのショッピングチャンネルでは「お買い得です!今すぐお電話ください!」と言っていますね。それと同じで、すべての企業が「今すぐ!」AIを導入して、トップランナーになる必要はありません。
新しいサービスが次々に登場し、機能も料金も短期間で変わります。大きな費用をかけて導入しても、実際に使ってみると、確認や修正に手間がかかり、期待したほど業務時間が減らないこともあるでしょう。かといって、何もしないまま数年待てばよいということでもありません。
導入を急ぐ必要はありませんが、学習まで先送りしてはいけないと思うんです。
▶︎ まずは無料版で、入力情報に注意しつつ小さく始める
では、具体的にどうすればよいのでしょうか。まずは、法務、総務、人事などの一部門で数人を選び、ChatGPT、Gemini、Microsoft Copilotなどを、1~3か月、日常業務のなかで使ってみます。
最初の段階では、無料版でもよいと思います。
目的は、いきなり業務をAIに任せることではありません。生成AIが何を得意とし、何を不得意とするのかを、実際に使いながら知ることです。そのためであれば、無料版でも十分に体験できます。もちろん、無料版だから情報管理を軽く考えてよいわけではありません。個人情報、顧客情報、営業秘密、未公表情報などは入力しません。公開情報や入力を許された資料を使い、メールや社内通知の下書き、文章の要約、企画のたたき台、論点整理など、失敗しても影響の小さい仕事から始めてみるんです。
▶︎ 複数のAIを互いに検証させる
ぼく自身は、ChatGPTとGeminiを使っています。同じ質問を両方に投げると、結論が一致する部分、説明の仕方が異なる部分、片方にしか出てこない論点、根拠の曖昧な部分などが見えてきます。そして、それぞれが自信満々に間違える場面にも出会います。
さらに、ChatGPTが出した回答をGeminiに渡して、「この回答の事実誤認、論理の飛躍、根拠の弱い部分を指摘してください」と検証させます。反対に、Geminiの回答をChatGPTに検証させることもできます。
こうした使い方を続けていると、AIの回答を完成品として受け取るのではなく、検討材料として扱う習慣が身についてくる気がします。
もちろん、二つのAIが同じ回答をしたから正しいとは限りません。重要な事項は、官公庁資料、法令、原典、企業の公式発表などで確認する必要があります。とはいえ、複数のAIを比較し、疑い、別のAIに検証させ、最後に原典を確認する。この経験を重ねることで、AIリテラシーはかなり高まると思います。
ChatGPTとGeminiだけでなく、Microsoft Copilotなどを加えてもよいでしょう。3~4人のメンバーが複数のAIを日常的に使い、それぞれの結果を持ち寄り意見交換をしてみる。そうすることで、一人で使っているだけでは見えなかった、一つの部門の数人ではわからなかった、それぞれのAIの特徴や限界も分かってくるでしょう。
▶︎ 成功だけでなく、失敗も記録する
そこで確認すべきなのは、華々しい成功例だけではありません。どの業務で時間が短縮されたのか。どの業務では確認や修正に余計な時間がかかったのか。どのAIがどの仕事に向いていたのか。どのような誤りが起きたのか。何を入力できないことが不便だったのか。
便利だったことだけでなく、不便だったことや失敗したことも記録し、社内で共有します。そうすれば、その会社、その部門にとっての「使えるところ」と「使えないところ」が見えてくるでしょう。必要性が見えてきた段階で、利用回数や機能に制限の少ない有料版へ移行すればよいでしょう。さらに、実際の社内情報を扱う必要が生じた場合には、個人向けの無料版や有料版ではなく、会社が契約し、管理できる法人向けの環境を検討するという段階に入っていけるのではないかと思います。
▶︎ 使い道を見つけてから、AIエージェントを選ぶ
生成AIを使った試行のなかで、繰り返し行う仕事や、一定の手順に沿って処理できる仕事が見つかったら、その仕事を自動化、あるいは半自動化できるAIエージェントを探します。
順番を逆にしてはいけないと思うんです。
流行しているAIエージェントを先に購入し、導入してから使い道を探すのではなく
・複数の生成AIを無料版から小さく使う。
・便利な用途と限界を知る。
・成功だけでなく、失敗も共有する。
・自社に必要な機能を明らかにする。
・必要に応じて有料版や法人向け環境へ移行する。
・効果が確認できた業務に合うAIエージェントを選ぶ。そして、
・成果を確認しながら対象部門を広げ、全社的なAI活用へつなげていく。
これが、ぼくの考える現実的なAI導入の順序です。
AI導入で一番になる必要はありません。しかし、何も知らないまま最後尾に取り残されることは避けたいものです。
学習では遅れず、投資では先走らない。
約50人の行政のミドルマネジメント層の皆さんが次々に手を挙げた光景を思い出しながら、ぼくは改めて、これが多くの民間企業にとって最も堅実な進み方ではないかと考えています。
©️ 朽木鴻次郎 プロダクション黄朽葉
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