〜 ハリセンボンのおびれ ・旅芸人 〜

生活と愉しみ そして回想・朽木鴻次郎

マーキュリーに尋ねてみるか?

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 座右の銘」とは「常に心にとめて戒めとする格言」(岩波国語辞典第二版1971年)のことである。

「戒めとする」と言う意味では、ぼくの場合は「しゃべりすぎるな・おくちチイちゃく」ということがある。タンカシケ(啖呵・時化)るなってこってござんす。

 

「言葉というものは、子供のように自分の感情をあらわに出すためのものではなく、話す相手によい印象を与え、ー あるいはわざと、怒っていることを見せ ー 自分にとって得になるようにするためのものである」 岡崎久彦大使 :陸奥宗光、文庫版下436頁。

 

文字通り座右の銘、机に立てかけてあります。しゃべりすぎたり、感情的になってどれだけぼくは失敗してきたか。

 

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失意泰然 得意冷然

こちらは故山内溥任天堂相談役の座右のご銘です。「失意のときこそ堂々としていよう、うまくいって得意なときほどこそ浮かれずにいよう」という意味です。

はなはだ僭越ですが、あれほどの経営のご実績を持ちながら、この言葉でご自身を戒めていたのか、と、実に感銘を受けました。

 

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これはまさに秘蔵・座右の銘でございます。大学を卒業するときに頂いた言葉で、1993年、サイゴンで漆地螺鈿細工にしてもらいました。

 

Quid ad Mercurium?

マーキュリーに尋ねてみるか?

 

商業や医薬、知恵の神様「マーキュリー」。そんなマーキュリーに訊いてみるほどの問題なのか、お前が悩んでいることは。

本当に、本当にマーキュリーに尋ねてみなければならないほどのことがらなのか? つまり....

それは本質的なことなのか?

 

そういう意味だそうです。常に物事の本質とは何かを考えなさい。そんな言葉をいただきました。

ぼくは本質を見据えて仕事をして来ただろうか、本質とは何かを考えながら生きて来ただろうか。

 

(今調べたらマーキュリーって「旅人」の神でもあるそうな。なんともご縁ですね。*1

 

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*1:マーキュリー:Mercurius