〜 ハリセンボンのおびれ 〜

生活と愉しみ そして回想・朽木鴻次郎

ある清掃員さんのこと

先日、若手男性(30代)ビジネスパーソンといつもの仕事の話を小一時間ほどしてから、雑談タイムに入った。仮に「N-くん」としよう。

N-くんはジムビームの薄い水割り、ぼくは本麒麟。つまみは、フランクフルトソーセージにキャベツの千切り(シーザーズドレッシング)である。

 

N-くんが始めた話はこうだった。

 

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N-くんの勤めるIT会社は都内のビルのワンフロアを借りている。定例会議の後、上司の部長からフォーマル/インフォーマルな話を聞いたり、進行中案件のフォロー情報を入れたりするために、喫煙ルームで雑談的な話をしているそうだ。部長さんは喫煙者だが、N-くんはタバコを吸わない。にもかかわらず喫煙ルームまで追いかけて行くのは「タバコ部屋の情報って、結構役に立つからなんですよ」だそうだ*1

 

ビルの管理会社は、清掃員さんを何人か雇っていて、彼の会社のフロアを担当している男性清掃員(50代なかば?)はちょっと変わった人らしい。

喫煙ルームの灰皿を交換したり、フロアに掃除機をかけたりするときも、人がいようがいまいが全然お構いなし。マイペースで作業を進める。「すいません、ちょっとよろしいですか」の言葉はもちろん、笑顔も何にも全くない。かといって白髪まじりの短髪もきちんとしていて、不潔な感じもない。ちょっと不思議な雰囲気な清掃員さんだそうです。

月水金と週三回が作業日になっている。

 

ある週末の金曜日の午後、いつものように定例会議が終わって、上司の部長を追いかけてN-くんは喫煙ルームに入り、雑談というか打ち合わせというか仕事関連の話を部長としていたところ...

 

喫煙ルームと廊下を隔てる大きなガラス窓があるんですよ。

そこにね、蛾が一匹止まってたんです。そこそこ大きい蛾でしたよ。7センチ?いや、10センチぐらいだったかな。廊下側からとまっていて、喫煙ルームからは、その蛾のハラとか足とかがよく見えましたから。部長も何も言いませんが、おっきな蛾がとまっているのは気がついてました。

 

おっきな蛾だな〜、と思いながらも、部長と談笑していると、廊下の向こうから、カートに入れた掃除具を押しながら、その不思議な清掃員さんが喫煙ルームに向かってきた。

 

もちろん、ガラスにとまったおっきな虫には気がつきますよ〜

 

N-くんは話を続けた。

 

でね、清掃員さんは、喫煙ルームに入ってくる前に、気がついたんでしょうね、向こう側からガラスにとまってる蛾に顔を近づけたんですよ。10秒程かな、無表情で蛾にすごく顔を近づけて、じっと見つめていたんです。

 

喫煙ルームにいたN-くんも上司の部長も、話をやめたそうだ。大きな蛾とそれに顔を近づけて無表情に凝視する清掃員さんから目が話せなくなった。すると...

 

清掃員さんは、蛾に『ホ〜〜〜〜〜!』と息を吹きかけたんです!

 

え?追い払うために、ふっ!と息で吹き飛ばそうとしたんじゃないの?

 

違いますよ、口を大きく開けて、 『ホ〜〜〜〜〜!』って感じです。

 

どした? 蛾はびっくりして飛んでった? まさか、口の中に入っちゃった?

 

違いますよ、とN-くんは続けた。

 

蛾はね、一瞬もがいたのち、ぽろっと落ちました

死んだんです!息を吐きかけられて!

 

... 都会には、まだまだ人智の及ばないイキモノがいる。

ぼくたちは、ただそれに気がつかないだけなのかもしれない。

  

© 朽木鴻次郎
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*1:すげえな、キミは。ぼくにはできません。