〜 ハリセンボンのおびれ 〜

生活と愉しみ そして回想・朽木鴻次郎

マニュアルを作りたい若者

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「マニュアルを作るのがなぜ悪いんですか!?」

 

その男は納得しない様子でそう言った。どうして悪いとかいいとか、そういう極端な話になるんだろうとぼくは思う。

 

取引先の信用調査をするときには、財務諸表や提出された事業計画の数字、過去の実績を読み込むのももちろん大切なことだが、同じように大切なのは、客先の社員さんや経営陣、社長に会って対話をする。客先の社屋や店舗、あるいは工場に実際に出向いて、そこを観察し対話を重ねる、そんなことがとても重要なのだ。

 

もちろん、信用調査は「報告書」という形にまとめなければならない。ぼくを含めた関係部署の上長が閲覧をした後、記録として残すためのものである。

 

あるとき、客先の信用調査報告書が、どれも皆同じになっていることに気がついた。担当者はそれぞれで違うにも関わらずである。おかしいな、と思って何人かの若手担当者に話を聞いてみると、「マニュアル」が存在しているという。

 

ぼくは法務だったが、関係の深いお隣の「審査部」の中堅(と言っていいでしょう、入社10年目程度の人だったから)のその男性(N- 君しよう)、N- 君が「訪問調査報告書作成マニュアル」を作っていたのだ。そして客先訪問調査をする担当者は、そのマニュアル通りに報告書を作っていた。

 

「それに、クチキさんが何回か訪問調査したときのことを参考にしてマニュアルを作ったんですよ」

 

N- 君は納得しないどころか、怒りまで隠そうとせずそう続けた。

 

それは分かるよ。客先のトイレ見た話とか、社食で飯食ってみたとか、訪問のクロージングの会議に言う「締め」の言葉とかぼくが訪問したときの感じのそのままだもの。そういえば君も一緒だったよね。

 

「それに、このマニュアルは、審査部長の承認も貰っています!」

 

う〜ん、でも、ぼくには事前に相談してないよね。そっか、ぼくは君の直属上司ではないって言いたいんだな。

 

デューデリのような徹底した調査(数週間かかることもある)とは違って、半日とかせいぜい1日の訪問では、見るところも限られるし、サンプル調査にならざるを得ない。とすると、「チェックリスト」は必要かもしれないが、あまり「型」にハマったマニュアル通りの事項をチェックしておしまいっていうのはかえって実態を把握できないどころか大事なことを見落としてしまうことになると懸念したのだ。

 

客先と対話して、限られた時間で現場を訪問して、虚心に実態を把握してくる。それが本来の趣旨だったのだが、いつの間にか「報告書作成」が目的になってしまった。

 

業務の本来の趣旨を理解せず、皮相な結果や回答、ここでは「報告書」だが、そればかりを追求してその「正解」作成のためのマニュアルを作ってしまっている気がした。

 

「正解」があって、それを見つけることが業務だと思ってはいけないんだよ。答えは出さなきゃいけないけど、どこかに「正解」があるわけじゃないんだ。しかも間違った「正解」を導くためのマニュアルを作っちゃったんだな。

 

隣席の審査部長に「なんでこんなの作らせたんですか。しかもOK出したそうじゃないですか。百害あって一利、無しとは言わないけど、一利程度のもんですよ」って意見を言ってみたら。別室で話そう、って会議室にいざなわれた。

 

うん。分かってる。このマニュアルは実際のところ他の担当者にも不評だ。形式的すぎるってな。
はっきり言って、おれ(審査部長)は、N- を評価してない。異動させるつもりだ。このマニュアルが不評であることも、マイナス評価とするつもりなんだ。

 

ぼくは、このあと半年くらいで転職してその会社を去りました。その審査部長は会社に残って無事に定年退職したらしい。N- 君はそのあとすぐに子会社に異動、のちにその子会社はグループから分離された。N- 君、どうしてるかな。当時生まれたばかりのお子さんももうかなり大きくなってると思うけど。

 

© 朽木鴻次郎
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