〜 ハリセンボンのおびれ 〜

生活と愉しみ そして回想・朽木鴻次郎

隠れている動機

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ビジネス交渉の典型的な一類型では「合意可能領域」と「代替策」が大事だということを前記事で書きました。

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相手方の「合意可能領域」と「代替策」を攻撃したり揺さぶったり、自分の「合意可能領域」と「代替策」を大きく見せたり、小さく見せたりして幻惑したりするようなやりとりが行われるという話でした。模式図にするとこんな感じ。

 

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上の模式図で「あなた」や相手方の頭の中にある太陽のようなシンボル、それが内在的論理である。交渉(外交)の際に、相手方の内在的論理を知ることの重要性は元外交官で作家の佐藤優氏の著述の中から学んだ*1

その「内在的論理」をぼくなりに乱暴に翻訳してしまうと:

隠れている動機

と言い換えることができる。意識して隠していることもあれば、自分でもその存在に気がついていない隠れた動機であることもある。場合によっては、無意識に表面化させていないこともあるのだ。

 

とても単純な例を挙げてみると:
・「定年退職の時期も2ヶ月後に迫ってるし、この件はそんなに有利な条件でなくてもいいからとにかくまとめてしまいたいなぁ」とか、
・(M&A買収先の経理財務担当役員が)「どうせこの先は使い捨てられるんだし、現業務は適当に、早いとこ転職先を探そう」と考えるとか、
ちょっとモラルハザード的な動機もあったりする。

 

あるいは:

・「この案件を有利にまとめると執行役員への道が拓けそうだ!」
・「ここであいつ(あなた)に恩を売っておくのが得策」

そんなこともあるかも。

とはいえ、現実はもっと複雑だし、たった一つではなく、いくつもの動機が重なり絡み合っている。また、繰り返すが、当の本人も意識していなかったり、気づいていないこともある。

 

交渉の相手方の「隠れている動機」を探ることよりも、もっともっと大事なのは、自分の職場で決定権を持っている人間、多くの場合は、上司になるが、その人物の「隠れている動機(内在的論理)」を探り、知っておくことだ。

 

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「とにかく説得してこい!」 と命じる上司の隠れた動機はなんなのか?上の図で言うと、上司の胸にある白い太陽ですけれども。これを普段から探っておくことは、とても重要です*2

 

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*1:「内在的論理」ってマルクス経済学の術語、だと思う。資本主義の内在的論理、とかね。

*2:交渉の良い結果を求めるという動機ではなくて、「あなたが失敗すること」を望んでいるのかも知れない。

交渉について

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交渉ごとのキモの一つは、行き当たりばったりに行うのではなく、どんな条件だったら合意していいのかという「合意可能領域」をあらかじめしっかりと考えておくことだ。

便宜上「領域」と書いた。中古のカメラに「5万円から8万円、いや、8万5千円が上限だな!」とまさに領域の場合もあるだろう。また、「話題、争点になるのは、1〜5までの5項目。そのうちの3番と5番だけはどうしても譲れない。後の3項目は最悪譲ってもいいや」という個別条件の形になる場合もある。その複合になることもある。ともかくも、こちらとして、何がほしいのか、何は主張するけれども、最終的には譲ってもいいのか、それをきちんと考えておく。それを便宜上「合意可能領域」と言う。

 

この「合意可能領域」に加えて、さらに、最悪その人と合意に至らなくてもいいや、別の方策もあるしさ、そんな代替策があれば越したことはない。*1

 

イメージはこんな感じかな。

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相手方は、あなたの合意可能領域や代替策を探り、そこに攻撃を仕掛けてきたり、揺さぶりをかけてくる。あるいは自分の合意可能領域や代替策を、過少なものに見せたり、過大なものに見せたりして、あなたを幻惑しつつ交渉を進めることもある。多分、あなたも同じことをする。

 

そんな攻撃と揺さぶり合いの中で、あるいは幻惑を仕掛けたり見破ったりするコミュニケーションの中で、合意可能領域も代替策も、交渉が本格化するに連れて変化していくし、変化せざるをえないものだ。

それでいいの。その変化をしっかりと認識し、どう変わったかを意識することが大事なのだ。でないと「思いつきで行き当たりばったり」な交渉になってしまう。合意可能領域も代替策も、いわば交渉という航海における羅針盤のようなものです*2。交渉の過程で、羅針盤の指し示す方向は変化する*3

 

相手も自分も、交渉の中で変化する双方の合意可能領域を考えて、ある時点で合意ポイントが見つかったとき、あるいはヘトヘトになって、これでもういいやと思ったときに*4交渉が成立する。見つからなければ不調となる。これが一つの交渉の形だ。*5

 

とは言っても、実務ではそんな単純ではない*6。下のイメージをみてみよう。

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相手が考える合意可能領域や、相手が代替策があるかどうか、そんなものはわからない。それはいいんだけど。

 

こちらには「代替策」などない。その相手をうまくやることが至上命令。

 

「合意可能領域」だってそうだ。決めたつもりでいたはずが、思わぬタイミングで上司やライバルのチャチャが入り、あなたの梯子は外されまくるのです。困ったもんだ。

 

困ったもんだとは言いながら、それが現実だ。ただ、相手側にだって困った上司はいるかもしれないし、代替案なんてないのかもしれない。合意可能領域なんて考えもせず「行き当たりばったり」で交渉にのぞんできている可能性もある。ホントもー、大変なんですよ。それでも今回は、少なくとも相手方は何かの合意を(それがこちらの合意可能領域からはものすごくかけ離れたものであったとしてもともかくは合意を)求めている場合の交渉の話だ。

 

もっと大変なのは、相手はそもそも合意など求めていない場合、例えば抵当住居からの退去であるとか担保物権の引渡しなどを拒絶している場合。ゼロ回答、NOしか考えていない相手との話し合いは難しい。強制的に解決する方法もあるけど、できればうまく決着はつけたいよね*7

 

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*1:合意可能領域は"ZOPA"、代替策は "BATNA"と呼んだりするらしいのですが、別に英語を使う必要はないかな。

*2:航海をしたこともないし、羅針盤も使ったことはないけどね。

*3:計画はね、実行着手したときから、その瞬間から変更を余儀なくされるものなのだ。変更を余儀なくされるのに、なぜ作るのか?どのような変更が余儀なくされたかを認識するためなのだよ。

*4:いわゆる「ゴミ箱モデル」というやつです。

*5:もう一つの形は交渉というよりも折衝に近い。こちらの合意可能領域は極めて狭く、変更の余地が少なく、相手の合意可能領域は、こちらの合意可能領域を全否定するものである。例えば、2020年2月コロナウィルス感染患者を受け入れる病院と地方自治体、それに反対する近隣住民との折衝のケースである。違ったタイプの交渉(折衝)であり、コミュニケーションのタイプも変わってくるのは当然のことだ。

*6:合意可能領域と代替策を意識することは、単純ではないが、無意味であるとは思わない。

*7:ちょっと長くなったので、別の記事にします

あなたはどっち?

さて、あなたは映画のプロデューサーだ。今、脚本家と打ち合わせをしている。揉めているのだ。

 

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プロットはもう9割できている。

・宇宙探検隊。男女5-6人のチームだ。

・遠く離れた惑星探査。珍しい鉱物もみつかる。

・ところが、その星の獰猛なエイリアンに、まずは仲間数名が食べられちゃう。

・逃げ出す飛行船も故障して事故。忍び込んだエイリアン。残念だが仲間がまた死ぬ。

・辛くも残ったのは男女1名づつ。でも宇宙船のエネルギーは一人分だけ。

・男の隊員は自己犠牲、ジョークを言いながら宇宙の暗闇に消える。

・一人残った女性隊員。どうしたらいいのよ?

・地球着陸のラストシーン、ハラハラ、ドキドキ! でも、なんとか着陸し、母なる大地を踏み締める。

 

プロデューサーのあなたと脚本家は、ラストシーンで揉めている。

 

あなたはハッピーエンドを主張する。

キラキラ光り輝く太陽と、豊な大地に感謝した女性隊員は、宇宙服を脱ぎ捨て、サービスシーンのT-シャツ姿で、生きて帰れたこと、生命の喜びを全身で表現し、持ち帰った珍しい鉱石を抱えた笑顔のアップで、映画は終わる。

 

脚本家は、まなじりを決して反論する。そんなものにはリアリティがない、と。

「たくさんの仲間を犠牲にして、一人だけ生き延びたんだ。仲間にすまない。この探査は失敗だった。後悔の悲痛な表情と涙のアップ。そして、一人で海の中に消えていく。自分も死ぬことを選ぶんだ。鉱石を抱えて海に入っていく。これがリアリティさ!」

 

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コップにビールが入っている。「半分しかない」と思うか?「まだ半分も残っている」と感じるか?*1

最初にこのたとえ話を考えた人はたいしたもんだが、今では陳腐な説明だ。話を聞くと、なるほど「半分も残っている」と考えればいいのだな。誰もがそう思うだろう。

ならば、上のケースでは? もちろん映画さ。でもさ、どっちのエンディングに納得がいく?

 

もっと踏み込もう。最大級の台風が日本を直撃する。
どうやら最悪のコースを進みそうだ。首都圏を直撃してそのまま本州を北上するのは確実と見られる。もちろん行政も民間もできる限りの準備をする。前日から交通はストップ。窓ガラスに目張りを貼ったり*2
それでも、死傷者被害者は何百人いやそれ以上になるか想像もつかない。

 

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悪夢の一夜が明ける。台風は勢力を弱めつつ日本海に抜けた。被害は想定の10分の一以下だった。もちろん想定外のこともあったが、つかさつかさの準備がしっかりされていたし、ギリギリの幸運もあってなんとか最悪の事態には陥らずには済んだ。

 

さて:

「被害がこのぐらいで収まってよかった」、政治家のこの言葉に納得できますか?

 

要するに...

「半分以上は減ってしまうかと思ったんだけど、コップの水は1/3ぐらいしか減らなかったね」

 

そう納得して思い行動することができるかどうか?


あるいは:

それでも1/3は減ってしまったんだ

 

そう考え、納得はできないでいるのか。

モノの見方、考え方を変えるというのはそういうことだ。コップの水の話では「なるほど」とは思ったんだろうけどね*3

 

もちろん、今後のために、1/3の水が減ったことへの対応改善策は追求しなければならないのは当然である*4。しかし、どちらの考え方が自分にとってより説得的なのか。

 

どっちがいいと言ってはいない。「1/3しか減らなかった」と感じるのか、「1/3も減ってしまった」感じるのか、どちらの考え方もあって、そのときそのとき、状況次第で考え方を切り替えることができるかどうか? 切り替えたほうがいいのか、切り替えないほうがいいのか? 心のそこからそう思うことはできるのか?

 

そんなことを言いたいのです。*5

  

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*1:このたとえ話、本当は水です。だけど、ビールの方がぼくにはリアリティがあり切実だ。

*2:戦時中かよ!

*3:所詮コップの水さ。

*4:「悲観的に準備し、楽観的に実行する」のは危機管理へのセオリーの一つである。

*5:2020年2月、コロナウィルスが大問題になっている。政府も医療専門家も、この新しいウィルスについて、わかっていること、わかってきたこともあるが、わからないこともあるのは事実だろう。そのときわかっていること(コップに存在する水)に焦点を当て対応するのか、わからないこと(コップの中の空間、水が入っていない部分)を不安に思い「半分も水が『入ってない』じゃないか!なんとかしろ!」と叫ぶのか、どちらだろう。コップに存在する半分の水とはその例えでもある。