隣の部門の部長さんから相談を受けたことがある。X-部長としよう。部下のA-くんの様子がおかしいと言うのだ。なんか挙動不審、今でいう「きょどる」というやつ。15年以上前にはそんな言葉はなかったけど。
X-部長の言いたいことはわかる。A-くん(当時33歳)が何か不正を働いていないかどうか、法務のぼくに調べて欲しいのだ。ただし、X-部長が法務に調査を依頼したという形にはしたくない。無実だったときに困るからね。
そんなサラリーマンの処世術はどうでもいい。ぼくは部下の女性マネジャーに調査を命じた。彼女は関係しそうな部門を内密に調べてみたものの、不正な経費、取引先や顧客との関係、勤怠状況など、問題は何も見つからない。
彼女からの報告を受けた日の午後、ぼくは人事部長を一人で訪問した。いつも責任回避を図る当時の人事部長相手に部下のマネジャーを送ることはできない。
〇〇部のA-君の様子がおかしいって情報があったので、不正に関与していないか調べてみたんだけど、何もない。人事では何か把握しているか?
そんな直裁な言い方はしないけど、要するにそう聞いた。
初めこそ言葉を濁していたのだが、人事部長の要領を得ない説明を総合すると、どうやら X-部長の部内でのパワハラを人事に報告(密告)していたそうだ。
それで、パワハラ行為はあったのか?
法務としても看過できる問題ではない。ぼくは人事部長にずばりときいた。
いや、それが、パワハラらしいパワハラはないんだよ。
と人事部長は答えてくれた。パワハラらしいパワハラという表現には苦笑を禁じ得なかったが、人事が把握した事実はこういうことだった。
既婚のA-くんは部門内不倫をしていて、その不倫相手のB-さん(バツイチ35歳)の業務態度をX-部長が叱責指導したことで頭に血が上ったらしい。叱責自体は正当なものだし、普段から温厚なX-部長だったから、問題はないと人事部長は判断して、法務にも連絡しなかったとのことでした。
そういうことなら法務に連絡が来なかったことも含めて、それはそれでOKです。
翌週、ぼくは、X-部長を個室に呼び出して、法務マネジャーからの報告も人事部長の話も、A-くんの不倫問題も含めて全部話した。
「人事にそんなことを話していたのか...後ろからテッポウを撃ったつもりなんだな。バカだな...」 X-部長はため息をついた。
秘密にしてる不倫の罪悪感も相まって、こんがらがっちゃったんだろうな...
ぼくがそう言うと、X-部長は、困った顔のままこう言った。
A-とB-の不倫のことは、うちの連中はみんな知ってるよ...!
その後数年して、ぼくはその会社を離れた。
昨年末、10年ぶりぐらいで X-部長と会う機会があったので、A-B-のその後を聞いてみた。全くの興味本意である。
まだ続いてるよ
X-部長は、ぼくが会社を辞めた後すぐに執行役員になり、この春68歳で退職予定。温厚ないい人なんですよ。
© 朽木鴻次郎
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