〜 ハリセンボンのおびれ 〜

生活と愉しみ そして回想・朽木鴻次郎

知覧特攻平和会館・2015年夏

【この記事は2015年8月の訪問記で、既に消去した別のブログに掲載したものです。情報や展示物は2015年夏当時のものです。】

  

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真夏の暑い日、鹿児島県南九州市知覧特攻平和会館を訪問してきました。鹿児島中央駅、東16番から、各駅停車ですが乗り換えなしで行ける路線バスがあります。

降車停留所は、知覧の先の「特攻観音入口」終点です。バスに揺られて、約一時間半。

 

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知覧には、陸軍の飛行場がありました。福岡県大刀洗にあった、陸軍飛行学校の分校の一つが知覧飛行学校分校です。そして、戦況の悪化とともに、特攻基地になりました。

 

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下の写真は、陸軍一式戦闘機、隼の三型です。ベテランの搭乗員が乗ると、米軍の当時最新式戦闘機P-51とも互角に戦えたという「負けない」戦闘機と評価されています。ただし、この飛行機は映画撮影用に作られたレプリカです。館内にも一機あるのですが、この屋外に設置されている隼は雨晒しで劣化していました。

 

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向かって右の翼の下についている丸いタンクは、燃料の増槽です。本来は両翼それぞれの下に増槽は一つづづ吊されるのですが...... 左側には、特攻用の爆弾が懸吊されています。原寸大のレプリカとのことですが、小さいな、というイメージです。実は、一式戦闘機「隼」は、日本には一機も現存していないらしいのです。

隼の後継機、三式戦飛燕(ひえん)、四式戦疾風(はやて)は実機が館内に展示されています。驚いたのは、陸軍は、戦争末期には旧式となっていた97式戦闘機(練習機として運用されていた)にまで爆弾を積んで、二十歳前後の若者を特攻に送り出していたんです。対する米軍も、戦場に駆り出されてきて、日本軍の特攻に怯えたのは二十歳前後のアメリカンボーイズだったんでしょう。*1

戦争はしてはいけない。ほんとうに戦争はしてはいけないと思います。

知覧特攻平和会館には、ぜひ足を運んで、実際に展示をご覧になっていただきたいと思います。当日、たくさんの方々が記念館を訪れていました。若い方々、お子さんもたくさんいらっしゃいました。亡くなった方々への畏敬、感謝の念と、戦争を繰り返してはいけないという思いとを、改めて確認できた、そんな素晴らしい機会でした。

ありがとうございました。

 

www.chiran-tokkou.jp

 

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【この記事は2015年8月の訪問記で、既に消去した別のブログに掲載したものです。情報や展示物は2018年夏当時のものです。】 

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*1:飛燕はその後川崎重工神戸で改修され、「かかみはら航空宇宙博物館」で2018.3から展示されるとのことです。