〜 ハリセンボンのおびれ ・旅芸人 〜

生活と愉しみ そして回想・朽木鴻次郎

人間は気体にはならない

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大人気だったンHKの朝の連続ドラマ「ひよっこ」(2017年前期)ですが、ネタバレにはならないと思うので言っちゃうけど、主人公は可憐な茨城娘、そのお父さん(推定40歳ちょい)が、東京に出稼ぎ労働に行った挙句....

蒸発しちゃうの。


ドラマのナレーションで解説されていたから、今じゃ通じないのかな「蒸発」ってことば。

怪奇大作戦なお話じゃないよ。


「蒸発」って、ふらっと出てったっきりいなくなっちゃうことです。地方から都会に出稼ぎに来て、そのままいなくなってしまう意味です、というのがドラマでの説明でした。しかし、地方からの出稼ぎの方の失踪という文脈だけではなくて、一般的に:

「仕事を持ってる普通の大人の人が、事件に巻き込まれたというわけでもなく、突然何の連絡もなくいなくなってしまう、行方不明になってしまうこと」

という意味で使われていた・いる気がします。

「主人は、朝、普通に会社に出かけたきりもう何ヶ月も帰ってきていません....」
「奥さん、ご主人は蒸発してしまったんですね...!」


ヤカンのお湯じゃあるまいし。液体でも気体でもない。肉体があるんですよ、人間には。

 

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ぼくの実家は新聞販売店を経営していました。大抵は若い大学生さんが住み込みで配達をしていたんですが、「専業」って呼ばれている新聞配達を主業にしている人も何人かいました。専業さんは住み込みではなくて、通いでした。

専業の「よしチャン」はヒゲヅラがチャーミングでちょっと北関東か東北の訛りのある明るい人でした。
当時30デコボコ、賄いのおばちゃんにいつも冗談を言い、皆を笑わせる快活な人でしたが...

ある朝、よしチャンが朝刊配達に来ませんでした。番頭格の主任の T さんがその穴を埋めて配達を済ませ、よしチャンのアパートに行ってみると、いない。

夕刊にも来ない。

「トンコされちゃったな」

主任の T さんと親父は苦笑していました。「トンズラこく・逃げ出す」を「トンコ」と言うそうで、たまにあることらしい。ぼくは気がつかなかったんですけど、うちでも何度かあったようです。

あんな明るい人でもふらっと仕事をやめていなくなっちゃうんだ! と、ひとつ勉強になりました。


「集金のカネ、大丈夫だったか?」
「はい、持ってかれてません」
「うん」


これでおしまい。でも、代配さん(代わりの配達の人)を見つけるまでがバタバタだったと記憶しています。

店はギリギリでやってるんでね、仕事を急に抜けられると困っちゃうんですよ。

 

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その後、何ヶ月かして...

リンリン、と店の電話がなって、店番をしていたぼくが出ようとしたら、受話器を取り上げる前にすぐにベルは止まってしまった。

すると、主任の T さんが:

「お? よしチャンか? あはははは〜!」

店中、大笑いでした。それ以来、よしチャンの話題は出たことはありません。

ぼくも全然忘れていた、事件とも呼べない小さな出来事は、記憶は少し曖昧ですが、1970年前後だった気がします。

70年前後の当時、東京では地下鉄の連絡通路とかにいるホームレスの人たちは「コジキ」と呼ばれていました。
「ホームレス」という言葉が使われ始めたのは80年を過ぎてからだと思います。コジキと呼ばれてはいましたが、別に通行人に物乞いをするわけでもないのです。単にホームレスな人々が、普通にいました。今も場所を変えてですが、普通にいますけどね。


東京は江戸からつづく大都会なんでね、通行人に物乞いをしなくても、残飯を貰うえるあても多かったんですよ。分別ゴミ回収なんてのが始まる前、そこらの料理屋さんやレストランの裏口の生ゴミをキレイに掃除する代わりに残飯をもらってたんじゃないかな、あの人たちは。

そんなひとたちはいなくなっちゃった。

多くは「蒸発」しちゃった人だったんだろうなぁ。消えてなくなりはせず、そこにはいたけど。

 

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