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生活と愉しみ そして回想・朽木鴻次郎

「資産取り崩しの方程式」への考察

 

経済評論家、楽天証券経済研究所客員研究員の山崎元氏の:

あんしん老後のための「資産取り崩しの方程式」

を読みました。

media.rakuten-sec.net

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 目次

基本的アプローチ

 山崎氏が提案した「方程式」は、一定の基準年齢(例えば60歳)を置いた上で、次の3つの数値をもとに、老後の生活費の目安を導き出すものです。

1. 60歳での金融資産総額

2. 65歳から受領予定の年金

3. 想定する余命

 

さらに、次の2点にも配慮されています。

4. リタイア後も働く場合の年数と報酬

5. 最晩年に残したい資産額(施設入居費・遺産など)

 

以上を方程式に代入すると、例えば「90歳まで生きるなら、年間で使えるお金は年額でxxx万円になりますよ」がザックリと導き出されるという方程式です。

 

 

まずは説明通りに計算してみると見えてくる自分の価値観と老後の課題

まずは、山崎氏の説明通り、方程式に要求される数値を調べたり、計算したり、想定したりして、方程式に入れて計算してみました。

もし、この段階で方程式に代入する1〜5までの数値がまだ不明、わからんという場合は、そこを考えてみる必要はあるでしょう。今自分は何が分かっていないのかを知る、そんなヒントにもなる方程式だと思いました。

 

さて、数値は想定するものも含めてとりあえず置いてみて、計算してみる。そこで見えてくるのは多分次の3点ではないでしょうか。 

A. 60歳時点での金融資産額が十分かどうか

B. 60歳以降も働く必要性があるかどうか・その場合の期間と報酬額

C. 最晩年に残したい資産額の当否

 

このA, B, Cはそれぞれ相関しています。こちらを押せばあちらが引っ込む。どれもこれも満足させるわけにはいかない。グーチョキバーのじゃんけんぽん。

老後の人生で、自分は一体何に価値を置いて、どう暮らしたいのか、どう暮らせばいいのか、それを考えるきっかけにもなる方程式ではないかとも思いました。

 

 

50代後半/アラ還のぼくにとってこの方程式は?

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すでに57歳、60歳や定年を目前に控えたぼくにとっては、この方程式はややザックリし過ぎかなという感も否定できないことは確かです。

a.  生活費は逓減する

年齢が60歳代の年間生活と80代の年間生活の費用を比べたら、明らかに後者が小さくなると思われます。60歳から寿命の90歳まで、生活費はのっぺりと一律にはならないでしょう。基本的な生活費は逓減することが予想されます。じゃあどのくらいなの?と言われると自分でもザックリとしか考えてはいないんですけどね。

b. 特別費用勘案の必要性

他方、数年に一度の頻度で起こる無視できな額の支出(住居修理代・家電買い替え・家族援助)などもあるでしょう。年次の生活費にもある程度のコンティンジェント費はバッファとしても見積っておきたいと考えています。

c. 定年直後の出費

会社員であれば、退職の翌年翌々年には無視できない額の住民税の支払いがあるし、60歳未満のアーリーリタイアであれば、数年間は健康保険費用や厚生年金の支払いも視野に入れる必要があるでしょう。

++++++

ぼくは決して山崎氏の方程式を批判しているわけではないのです。山崎氏も「将来を細々とではなくザックリ想定する」ことが前提であると最初に述べている通り、大局的に老後を資産取り崩しの観点から俯瞰することはとても大事なのだとぼくも思います。

 

 

方程式以前の問題として・自分の価値観と現在の生活を認識する

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今後、どのくらいお金が使えるのか?を計算する方程式ですが、それ以前にとっても重要なことは次の点です。

 

今現在、自分は(自分の家族は)一体何にどのくらいお金を使っていて、それは自分の生き方や価値観にとって妥当で適切なものであるのかどうか? そしてその生き方や価値観は今後どう変容して行くのか、しないのか?

 

いわば、現状の認識と将来への展望です。この点をしっかり持っていないと、この方程式から得られた解、すなわち、「使えるお金」をどう評価したらいいのかが分からない。いたずらに、「足らないな、足らないな!」になったり「案外あるじゃん?無問題!」になってしまう。

 

ここはとっても基本的なことなので、多分、山崎氏は「それは当然のこと」であるから触れていないのだと思います。

現状の認識と将来への展望を考えるというのは、言われてみれば当たり前なんですがね。

 

 

 

計画で一番大切なことは「見直し」

老後の資金計画で一番大切なのは、現役の段階からザックリと計算して資産計画をたて、年を経るごとに計算し直して、定年やリタイアが視野に入り、胸元に近づいてくる過程で、計画や計算をし直し、見直すということだと思っています。計画の定期的見直しは山崎氏も提言していることです。

計画通りに物事が進むはずはないです。臨機に計画を見直し、実行して行く過程でまた見直すことが必要なのはいうまでもありません。

長期計画は、短期計画とペアで、つねに見直しが必要なんです。当たり前のことですよね。 

 

 

 

不確定要素は希望的に織り込まない

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さらに山崎氏は

「(あやふやな)運用益はあてにしない」

ことを前提にしています。山崎氏のこの意見にはとても同意するので引用しておきます。

現実には、資産運用の利益も見込まれるところだが、これをアテにして老後計画を立てるのではなく、運用の利益や損失は、それが発生してから資産額に反映して、余命の期間を通じる支出額(つまり資産の取り崩し額)を調整することによって吸収するのが好ましい。

 

山崎氏は投資運用益のことを言っていますが、それだけではなくて、会社を辞めた後もなんらかの形で働くことを継続する場合に期待できる報酬についても同じことだろうと思う。

ぼくはサラリーマン・会社員を辞めた後でも「仕事・働くこと」は続けるたいとは思っていますが、定期定額収入が保証されるわけではないから、「あやふやな収入見込みはあてにしない」というアプローチであるべきと思っています。

現在の職場の継続雇用を希望しているのであれば、ある程度確実な収入見込みを一定期間想定できるかもしれないけれど。

 

 

まとめ

いやー、やってみるとね、改めて厳しい現実を突きつけられます。

ここで偉そうなこと書いちゃってるけど、オレ、そんな大した「価値観」なんて持ってないしさ、「現状認識」だってセブンイレブンのふわふわティラミスのように甘いもんな。

 

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90歳まであるいは95歳まで生きることを想定すべしって書いてあったけど、そんなに生きるのかなぁ? それにさ、最晩年で1500万円を仮置きするってすごくない?

計画を実行するにはいつでも時間は足りないし、体力だって気力だってお金だって十分じゃない。

世の中、甘くナイヨヽ(´▽`)/

希望することは全ては手に入らないのだな。

セラヴィ。 人生なんてそんなもんさ。

 

 

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