ぼくの実家は新聞販売店を営んでいたんだけど...
1980年4月のこと。
「一から出直しです。今年は本気出してゼロからのスタートをするんです」
母親に連れられてきた一人の若い男がそう言ったそうだ。
彼は大学受験に失敗して二浪が決まり、背水の陣、ぼくの実家に住込みで新聞配達をしながら、翌年の受験・合格を目指すということだった。出身は超有名な中高一貫私立学校で、ぼくと同い年、当時満19歳だったはずだ。
「本気出してのゼロからのスタートなんだとさ」
面談の後で親父が嗤ってぼくに教えてくれた。
「新聞配達が『ゼロ』なんだと... なあ、コージロー、よくいるんだよ、『本気出して』とか『一から出直し』とか言ってくる奴が。半年持つかなぁ...」
当時、フルタイムではなかったが、ぼくもちょいちょいと店の仕事を手伝っていて、その年の夏休み、彼が休暇を取って北海道に旅行に行ったときの代配(代わりに担当地域の新聞配達をすること)をした記憶があるから、少なくとも春から始まって、夏が終わって、秋までは仕事を続けていたはずである。
今だったら「リセット」というところだが、当時はそんな言葉は使われてなかった。
「本気出して」「ゼロからスタート」した彼が、ゴールを切ったのかどうか、秋以降も仕事を続けていたのかどうか、全く記憶にない。
当初の約束どおり、国公立共通一次テスト、入試時期が始まる前、年内いっぱいまで仕事をしてくれたような気もする。
今にして思えば、そしてこれは現在の自分にも言い聞かせることなんだけど、「今度は本気出す」「リセット」あるいは「ゼロからの出発」、そんなものがあるわけはもちろんなくて、今まで積み上げてきたもの、あるいは失ってしまったもの、良くも悪くもなく、事実としてそれを認めた上で、これから生きていく/死んでいくんだと思う。
当時からもう少し月日が経って、大学を卒業して会社勤めを始めて1-2年のころ、こんなことを言われたことがある。
「クチキ・コージロー、あなたのしてきたことは、みーんなこれからのあなた自身に降りかかってくるんだからね!」
どうしてそんなヒドイことを、キスもしていないしつき合ってもいない女の子から言われたのかは全然覚えていないけど、フルネームを呼ばれてニラまれて、とても厳しい口調でそう言われたことだけははっきりと覚えている。
多分ぼくはとてもひどいことをその子にしたんだろう。
そして、その女の子のその言葉は正しい指摘だったんだと今は思う。ぼくはそのときに呪いをかけられたんだ。
未だにその呪いはとけてはいないし、これから呪われたまま楽しく暮らしていくんだと本気出してそう思うヽ(´▽`)/